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東京高等裁判所 昭和46年(行コ)18号 判決

控訴人・原告 藤田久三

訴訟代理人 佐々木正泰

被控訴人・被告 東京都 外一名

訴訟代理人 東京都事務吏員 門倉剛 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決はこれを取消す、控訴人は、昭和二十二年五月三日より施行された日本国憲法前文、同法第十五条第一項、第三項、同法第九十三条第二項及前記憲法と同時に審議施行された同年四月十七日法律第六十七号地方自治法第十一条、同法第十七条、同法第十八条、同法第二百八十三条並に公職選挙法第二条の定に基き、東京都北特別区における区長選任権を有することを確認する、訴訟費用は第一、二審共に被控訴人等の負担とする、との判決を求め、被控訴人代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並に証拠の提出、援用及認否は、原判決事実摘示の通りである。

理由

一、控訴人の本訴請求が、控訴人が東京都北区の住民の一人として、同区区長を住民の直接選挙によつて選定する権利、即ち住民の投票による同区長の選挙権を有することの確認を求めるものであることは、控訴人の主張自体によつて明かである。而して控訴人が主張するように、東京都北区の区域内に住所を有するものが同区区長の選挙権を有するものとするならば、この選挙権が公法上の権利であることは疑を容れないところである。然しながら、区長選挙権なるものは、このように公法上の権利であることは疑がないとしても、特定の第三者に対する権利ではなく、言わば対世的な権利であつて、この点に関する限り、区長選挙権は、私法上の権利である物権とその性質を同じくする。物権はいわゆる対世的権利であつて、何人に対してもこれを主張し得るものであるけれども、任意の第三者を相手方に選んでその者に対し当該物権の存在確認の訴を提起しても、かかる訴はその利益を欠く不適法な訴たることを免れないのであつて、確認の訴は、ひとり当該物権の行使に障碍を与える者に対し、提起される場合においてのみ適法なのである。このことは、区長選挙権についても同様であつて、本件の被控訴人たる東京都又は東京都北区は、本訴の訴訟物が東京都北区長の選挙権の存否であるとの一事から、法律の特別の規定を俟つことなく当然に本訴の相手方たるの適格を有するものとすることはできないのである。即ち、まず、東京都若くは東京都北区又はこれらの執行機関としての都知事若くは北区長の作為又は不作為によつて控訴人の有する北区長選挙権の行使が妨げられているわけではない。また、仮に控訴人その他東京都北区の区域内に住所を有する北区民が北区長の直接選挙権を有するものとしても、この北区長の選挙の実施に関しては東京都若くは北区自体又はこれらの執行機関としての都知事若くは北区長にはなにらの責任も権限もないのである。されば、たとえ控訴人が東京都及び北区を相手方とする本訴において勝訴の判決を得たとしても、このことによつて控訴人の有する北区長選挙権の実現行使が可能となるわけのものではないので、本訴は、相手方たるの適格を有しない東京都又は北区を被告とするものであるとともに、訴の利益を欠くものとして不適法たるを免れないものといわなければならない。控訴人の主張にかかる北区長選挙権なるものが若し真に存在するものとすれば、それが公法上の権利であるべきことは上述した通りであり、かかる権利の存否を訴訟物とする本訴は、一見「公法上の法律関係に関する訴訟」として行政事件訴訟法第四条にいう当事者訴訟に該当するかのような観を呈するけれども、右法律の規定は、訴訟要件たる訴の当事者の資格及確認の訴における確認の利益に関する訴訟法上の原則の適用を排除するものではないのである(同法第七条の規定を参照せよ)。

二、次に、本訴は、上述した通り、東京都及北区を相手方とする点において不適法たるを免れないのみならず、控訴人が本訴の原告たるの適格を有するかどうかもまた疑問であるといわなければならない。行政事件訴訟法に特別の規定がない限り、判決の既判力に関する訴訟法上の原則は、行政事件訴訟にもまたその適用があるのであつて(前記同法第七条の規定を参照せよ)、仮に本訴において控訴人の北区長選挙権の有無が確認されたとしても、かかる確認判決の効力は、訴の相手方に対する関係を別にして考えれば、ひとり控訴人に対する関係においてのみ及ぶだけであり、また仮に右判決の効力が第三者に対しても及ぶとしても、右の第三者に対する効力は控訴人が北区長選挙権を有するかどうかの点に限られるのであつて、控訴人と同様に北区の住民たる資格を有する他の者が北区長の選挙権を有するかどうかということまでが右の判決によつて確定されるわけではないのである。而して、控訴人の提起した本訴の結果が本訴の当事者でない他の北区民を拘束し、これらの区民の区長選挙権の有無までが本訴によつて確定されると解することの不当であることは、言わずして明かであろう。されば、仮に控訴人が本訴において勝訴の判決を得、また、一歩を譲つて本訴の相手方である東京都又は北区が北区長選挙の実施についてなにらかの責任と権限を有するものと仮定しても、右の判決によつては控訴人の有する選挙権が確定されただけで、他の区民の選挙権の有無は法律上未確定である以上、東京都又は北区において北区長の選挙を実施すべき義務が法律上確定されたということにはならないのであつて、本訴はこの点からも法律上の利益を欠く無益の訴訟として、不適法たるを免れないのである。そもそも本訴の目的とするところは、その請求の趣旨において控訴人が選挙によつて北区長を選任する権利を有することの確認を求めるとの形式を採りながらも、実質上は、控訴人が北区の住民の一人としこの資格において、北区長が区民の直接選挙によつて選任せらるべきことの確認を求めるものであることは、控訴人の主張自体によつて明かなところである。控訴人のこのような訴は、それが行政事件訴訟法第五条にいう民衆訴訟としての要件を具備した場合には、一応適法な訴として許容されるものと考えられるのであるけれども、右にいう民衆訴訟なるものは、選挙無効、当選無効等の訴訟に見られるように、「法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起する」ことができるものであることは、同法第四十二条の規定上明かであつて、これを許容した法律の特別の規定に基かない本訴は、民衆訴訟としてもこれを適法な訴とする余地はないのである。これを要するに、本訴は、行政事件訴訟法の定める当事者訴訟、民衆訴訟又はその他のいずれの種類の訴訟にも該当せず、また、これを同法の定める訴訟のいずれの類型にも入らない一般民事訴訟の例によつて審判せらるべき特殊の訴訟であると解しても、当事者の資格及訴の利益に関する要件を具備しないものとして不適法な訴であることには変りがないのである。

三、控訴人が当初、国、東京都知事、東京都北区議会及東京都北区長を被告として訴を提起し、その請求が、現行地方自治法第二百八十一条の三の規定のうち特別区長の選任の方法を定めた部分が憲法の関係規定に適合しないものであることを理由として、そのことの決定と右規定の定める手続によつて選任された北区長の選任及就任が無効であることの確認を求めるものであつたことは、本件記録上明かである。また、控訴人がその後原審において訴を変更し、更に訴の相手方を変更したことも本件記録上明かであるが、その請求の原因が一貫して右地方自治法の規定の一部が憲法の関係規定に違反する無効のものであるというにあることは、控訴人の主張自体によつて明かである。されば、本訴の過程における控訴人の数次に亘る訴及当事者の変更申立の経過にかんがみれば、控訴人が本訴において真に意図するところは、請求の形式ないし訴の相手方の如何にかかわらず、右地方自治法の規定の違憲無効であることの確認にあるのであつて、さきに一及び二において説明したように、本訴がその当事者の資格及訴の利益の点において訴訟要件を充足したものと言い難いのも、本訴が、法律の規定の違憲無効であることの確認を求めることを目的とするところに由来するものであり、本訴は、結局において、公法上の権利の存否の確認に名を借りて法律の規定の違憲無効なることの確認を求めるものとも言うことができるのである。およそ司法裁判所が、法律の規定の違憲無効であることの確認を求める訴について審判の権能を有しないことは言を俟たないところであつて、本訴において控訴人の真に意図するところが上述した点にあるとするならば、いかに訴又は当事者の変更を試みるとしても結局は徒労に帰するの外はなく、本訴における訴訟要件欠缺の瑕疵は竟にこれを治癒すべき方途を見出すことはできないものといわざるを得ない。

四、控訴人は、なお、昭和二十七年法律第三百六号により、従前の地方自治法の規定による特別区の区長の区民の直接選挙による選任方法を現行の同法第二百八十一条の三の規定する選任方法に改めたことは憲法に違反するものであつて、右の改正規定は、特別区の住民が憲法上有する固有の特別区々長選任権を剥奪するものであると主張するのである。従つて、控訴人の右の主張が正当であると仮定するならば、司法裁判所に対する訴提起の方法によるなにらかの救済手段が与えられるべきであつて、本訴を訴訟要件を欠くとの形式上の理由から不適法として却下することは不当であるとの見解が生じる余地がないではない。然しながら、右地方自治法の改正規定が憲法の規定に違反するとの控訴人の主張の当否も、また、疑問であるといわなければならない。即ち、控訴人は、まず、上記改正法律が憲法第九十五条の定める住民投票の手続を経ることなく制定されたことを理由として右改正法律による地方自治法の前記改正規定の無効を主張するわけであるが、右改正法律は一の特別区のみに適用されるのではなく、すべての特別区を適用の対象としているのであつて、特定区の区長の選任方法に関する規定の改正も、ひとり控訴人がその住民である北区のみについて行われたのではなく、すべての特別区について共通に行われたのである。されば、ある法律の規定が直接に憲法第三章に定める国民の権利を侵すとの理由によるその法律の規定の無効たることの主張ではなく、ある法律の制定の手続が憲法の定めるところに違反するとの理由によるその法律の規定の無効たるべきことの主張について裁判所が判断の権能を有するかどうかについては疑の余地があることは別としても、上記改正法律は、憲法の前記規定にいう「一の地方公共団体のみに適用される特別法」には該当しないものというべく、控訴人の上記主張は失当といわざるを得ない。控訴人は、また、地方自治法の上記改正規定は、特別区の住民が従前有した直接選挙による区長の選任権を剥奪するものであり、右区長の適任権は、憲法前文、第十五条、第九十三条第二項等憲法の諸規定の保障するところであるとも主張する。ところで、特別区が憲法第八章に定める地方公共団体とされる限りにおいて控訴人その他特別区の住民が特別区の区長の選挙権を有することは明かであり、この選挙権については憲法上の保障があるとも言い得るわけであるが、このことは特別区が憲法の定める地方公共団体であることを前提とするのである。然るに、特別区が憲法の定める地方公共団体であるかどうかは、憲法の規定上当然に定まつているというわけのものではなく、特別区は、これを憲法に定める地方公共団体とする旨の特別の法律の規定を俟つてはじめて地方公共団体たり得るのであつて、このことは現在の都道府県又は市町村が地方自治法の規定を俟つてはじめて地方公共団体たり得るのと異るところはないのである。およそ、いかなる範囲の地域及びその住民をもつて地方公共団体とすべきかということは、その地域の広狭、住民の数、住民の利害が共通する事項の多寡、住民の共同体成員としての連帯感の厚薄、地方公共団体として処理せしめるべき行政事務の種類、内容等諸般の事情を総合した上で政策的に判断決定されるべきことである。若しこの政策上の判断を誤り、地方公共団体とするのに適当でない範囲の地域及その住民に地方公共団体としての人格を承認し、これに憲法の定める自治の権能を付与するというようなことが行われたと仮定するならば、例えば、その長又はその議会の議員の選挙において、大多数の住民のその選挙に対する関心が稀薄であるのに乗じて、住民のなかの少数者の意思によつて長又は議会の議員の選任が行われるという結果を招き、ひいては全体の名をもつてする少数者の専制というが如き事態の生ずることも有り得ないことではないのである。これを要するに、いかなる範囲の地域及その住民をもつて地方公共団体とすべきか、従つてまた、特別区についても、これを憲法の定める地方公共団体としてこれに憲法の定める自治の諸権能を付与すべきか、あるいは然らずしてこれを地方自治法にいう指定都市の区と同様の単なる行政区とすべきか、またはこの両者の中間のいずれかの場所に位置するものとすべきか等は、憲法の規定の解釈の問題ではなく、専ら政策的に立法によつて決定せらるべき事項に属するものといわなければならない。されば、本訴は上に説明したように、ひとり訴の適法要件を欠くというのみに止まらず、その請求自体も、地方自治法第二百八十一条の三の規定の違憲無効に名を借り、その実は右規定の立法政策上の不当を非難するに外ならないのであつて、その理由のないことは明かというべきであろう。

五、当裁判所の見解は以上に述べた通りであつて、本訴がその本案の請求の点においても維持し難いものであることは別としても、訴の適法要件を欠くものであることは明かである。されば、本訴を不適法として却下した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条第一項の規定によつて本件控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担に付同法第八十九条及第九十五条の規定を適用し、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 石田実 裁判官 安達昌彦)

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